母の日になると毎年カーネーションを贈っています。あまり今まで深く考えたこともなかったのですが、なんでカーネーションなんでしょうかね?お花屋さんに聞くと特にこれといった決まりはないそうですが、そもそも母の日って何のためにあるんでしょう?
母の日はアメリカの風習?
母の日の意義はみなさんもご存じの通り、日頃のお母さんの苦労を労い、お母さんに感謝する日です。母の日の由来は、そもそもがアメリカからの伝来です。20世紀の初頭の頃、アメリカのフィラデルフィアに住むアンナ・ジャービスという少女が母親の死に際して生前の元気なうちにもっと感謝しておけばよかったという思いから、生前に母親を敬う機会を作ろうとシアトルの百貨店で母の日の催しを興したことに由来します。この働きかけはやがて全米に広がり、毎年5月の第二日曜日を「母の日(Mother’s Day) 」と定めて国民の祝日になりました。
日本では戦後にアメリカ文化が大量に流入してきた1950年代に広まり、定着したようです。文化は違えども、母を大切にするという考えは儒教(日本風の)の教えにも合致するのでなじみやすかったのではないでしょうか?
母の日にカーネーションを贈るという由来も実はここと同じで、アンナの母親が好きな花がカーネーションだったということから、催しの祭壇にカーネーションを飾り付けたことを真似て母親にカーネーションを贈るようになったといわれています。
母の日は各国で同じ日ではありませんし、世界のどこの国でも行われているわけではありません。おもにキリスト教国では盛んに行われているようですが、日本のように習慣そのものが輸入された国もあります。
それぞれ復活祭に合わせたり、聖霊降臨の日に合わせたりと宗教行事に取り込まれているような趣もあります。
日本の場合は、輸入元のアメリカの風習によって5月の第二日曜日となっています。日本では特に国民の祝日という扱いはされていません。
母の日の意義
母の日の意義は、もちろん、普段当たり前のように家族のために誰からも評価されることのない地道な努力を続ける母の、当たり前のようにそこにある功績に日の光を当てて、感謝の気持ちと労いを表す日ということになっています。もともとの発意が、生前にもっと母親に感謝しておけばよかったという後悔から生まれていることからも、ついつい毎日の苦労をお互い当たり前のように受け止めてしまっているので、それではいけない、せめて1年に一回くらいは母親の功績に感謝し、お礼を形にするという日を設けようということです。
母親の愛情というのは、生前はなんとなく有って当たり前のように感じてしまい、まるで空気や水のように感じてしまいがちです。ですが、なくなってみて初めてその重大さに気がつくのもやはり母親の愛情です。父親の愛情とは異なり、絶対的な安心感を与えてくれる母親の愛情は、亡くしてしまうと強い喪失感を伴うものです。
はたと、もっと生前にありがとう、と言ってあげればよかったと思ったひとは多いはずです。
考えて見れば、母親業というものに休日はありません。1日のうちのわずかばかりの時間を除いて常に子供と夫の世話をするという役割や家を維持するという役割が母親にのしかかります。
父親が激務であればあるほど、母親の負担も大きくなります。そして父親の仕事と異なり、母親の仕事は誰かから評価されることはありません。まるでそこにあるのが当たり前のように、本人ですら思ってしまうほどです。
ですが、母親の功績は年収にすれば2千万円に相当する、という人もいるくらいです。
「いつまでもあると思うな親と金」ですよ。まさか親を金づると考えている人はいないでしょうが、母親に感謝できるのは、お互い命がある間だけですよ。
母の日に贈るものは何がよい?
伝統にのっとるのであればカーネーションを贈るということになりそうですし、おそらく大多数の人がカーネーションを贈っているのではないでしょうか?カーネーションは鉢植えでもいいですし、1本単位のばら売りもありますので、お小遣いから購入する子供であっても手がでない範囲ではありません。
それにカーネーションは優雅な外見と裏腹に、意外と花が長持ちするので、長く楽しめるのもいいですよね
ちなみにフランスではカーネーションはお悔やみに添える花となっています。日本の菊のような扱いですね。そしてその菊の花を母の日に贈るのがオーストラリアで、何を贈るかっていうのは国によっても大きく異なるようです。
私はカーネーションを贈りますが、シクラメンでもバラでもまったく問題ありませんので、お好みの花を贈ってあげたらよいと思います。
もちろん、お花じゃなくてもOKですよ。